ABOUT
アジア経済史研究と可視化

アジア地域におけるモノ・人・資金のフローや、それらにたずさわる商人や金融機関のネットワークを可視化することは、それ自体、有効な分析手法であると考えられる。それらの態様と時系列での変化は、可視化することによってよりよく理解できる可能性も高いし、文献や統計からだけでは分からない、相関や変化のパターンを発見できることも考えられる。 更に、可視化された経済情報を、自然地理(気候、地形、水系等)、政治・行政区画、社会経済地理(土地利用、人口分布、宗教言語等)などに関する様々な地理上の配置・分布(ランドスケープ)と重ね合わせてみることは、つとに指摘されているアジアの多様性との関係から、そこでの経済について理解することにつながるであろう。

可視化と空間解析の試み

経済情報を可視化するに際して、「一目瞭然」に図示するといったことは、その狙いの半分に過ぎない。経済情報に空間上の特定の地点又は区域の位置を示す空間IDをつけることによって、すべてのデータは空間IDを介して、時系列上も、地点間でも、異なる問題に関する情報間でも、相互に参照可能となる。そうした上で可視化された経済情報を相互に重ね合わせる、或いは様々な特性に基づいて描かれた地図上に開示してみる、という作業は、空間情報の相互の相関性に関する仮説を構築し、検証するという空間解析を、経済史研究に応用する試みとなっている。

パイロットケースとしての19世紀アジア域内貿易研究

従来、非ヨーロッパ地域の統計は不完全なことが多く、数量分析を一つの柱とする経済史研究を行う上での障害となってきた。近年、大量のデジタル歴史資料が検索機能を備えた形で公開されたことは、研究環境の大きな変化である。統計を探す、のではなく、同時代資料から数値データを抽出して統計資料を作ること、または大量の文献資料から数量分析の対象となるデータベース(DB)を作成することが可能になっている。欧米経済史では既に、大規模DBを利用して、13世紀から20世紀の間のイギリスにおける物価動向や、13世紀から18世紀の金貨・銀貨のストックの推計など様々な実証研究が行われつつある(Mark Casson and Nigar Hashimzade eds., Large Databases in Economic History, 2014等)。 また、コンピューター・グラフィックCGやGISを始めとする情報の可視化技術の社会科学への応用は、経済史、歴史地理学、情報工学、コンピューター・サイエンス等が交差する、新たな研究のフロンティアとなっており、単なる図示を超えた分析手法としての可能性が模索されている(Ian Gregory and Alistair Geddes eds., Toward Spatial Humanities, 2014等)。 こうした最新の研究潮流を背景とする、可視化を通じた新たな研究の視角・手法の構築を目指すに当たって、パイロットケースの一つとして、「世界貿易の多元性と多様性:「長期の19世紀」アジア域内貿易とその制度的基盤」(科研費基盤研究A、H24-27年度、代表:城山智子)の成果の一部を示す。18世紀後半から第一次大戦までの「長期の19世紀」には、域内で生産された農作物・軽工業品を中心に多角的に貿易が展開された。そこでは、生産拠点、交通手段、流通のハブなどの、様々な空間的配置の変化が生じていた。ここでは、空間情報に関する実証研究の成果を示すだけではなく、経済・空間データベースの構築、コンピューター・グラフィック(CG)や地理情報システム(GIS)を利用した可視化、貿易の空間分布とその時系列的変化の分析という、データ・メソッド・解析を一つのパッケージとして提示していく。

研究組織